ハロウィンパレードって渋谷や川崎だけでなく上野御徒町でもやってるんだね。知らなかった。
せっかく娘が歩けるようになったのでどうせなら二歳半の娘と一緒に参加したい。そのぐらいの軽い気持ちだった。しかしそれはとんでもなく苦難を伴う道だった。結論から言うと、仮装パレードよりも上野御徒町の方々でお菓子が貰えるトリックオアトリートの方が面白かった。俺はいつのまにかキュウべえになっており、娘は無事に成長をとげ魔女になった。なんだかよく分からないがそういうことだ。
第一話 魔女、覚醒せず
浅草橋の駅前のシモジマは季節ごとのディスプレイ商品を多数揃えている店であり、毎年この時期になると店頭はハロウィングッズで溢れかえっている。毎年「楽しそうだなー」と思いながら通り過ぎるだけだった。が、今年は違う。娘と一緒に参加するのだ。俺は会社の昼休みを利用し(職場の近くなのだ)、娘の衣装を物色した。ただでさえ娘の服を選ぶのは楽しいのだが、ハロウィンの衣装を選ぶのはとんでもなく楽しい。2歳半の娘が何を着たってとんでもなく可愛いに決まってる。いや、親バカは分かってるのだが、でも娘が着ているところを想像すると溢れ出すニヤニヤをとめることができない。人間とは無力な生き物である。
…とはいえ、子供用の仮装衣装はたくさんあるが、だいたい6~10歳児向けにつくってあるので娘にジャストフィットする衣装というとなかなかない。俺は魔女の帽子とマントを選んだ。服ならすぐ着れなくなるが、帽子とマントなら体が一回り小さくても着れるしある程度大きくなってからも着れるからだ。
翌日の朝、さっそく買った衣装を娘に着せてみようとした。ところが「ヤダ!!キナイ!!!」と断固拒否!!魔女の帽子すらかぶろうとしない。ええ?ダメなの?スターマンの帽子はノリノリでかぶるくせに…基準がわからない…。
参考:お祭りでみんな祭り衣装を着てる中ひとりスターマンの帽子をノリノリでかぶる娘
ここで強引に着せてしまってはトラウマになるかもしれない。おそらく魔女を見慣れてないから魔女の衣装に拒否反応をしめしてるだけなのだ。今日は木曜日。パレードは二日後。その時までに魔女として覚醒してくれればいい。すっかり気分はまどマギのキュウべえである。
―――魔女の衣装を着れば超絶カワイイの間違いないのに、僕はキミがなぜ魔女になることを拒否するのか、皆目見当がつかないんだ。二歳児というのは不合理な生き物だね―――
第二話 魔女の目覚め
翌日の夜、仕事から帰ると娘は風呂上りであとはもう寝るだけという状態だった。チャンスだ。娘は朝が一番機嫌が悪く、寝る前が一番上機嫌なのである。俺は娘に言った。「明日はハロウィンだよ」「はろいん?」「ハロウィンはね、みんながお菓子をいーっぱいくれるんだよ、お菓子ほしいでしょ?」「おかし、ほしい」「なら明日帽子をかぶってお菓子もらおうね、帽子をかぶってないとお菓子もらえないからね、分かった?」「わかった」
―――嘘は言っていないよ。ただ、己の目的を達成するために伝えるべき情報を取捨選択はしたけどね―――
もはや俺の目的はすでに払い込んでしまった参加チケット前売り2000円を無駄にしないことになっていた。お菓子が貰えるのは嘘ではない。上野御徒町の協賛店舗で期間中「トリックオアトリート」の合言葉を言えばお菓子をくれるのだ。店の数は30ほどもある。俺は仮装パレードをメインに考えていたのだが、こうなったらお菓子で娘を釣るしかない。
しつこく言い含めたせいで帽子をかぶってくれた。良かった。これで明日は大丈夫だ。
第三話 魔女、契約破棄
さて上野ハロウィン当日である。受付は上野公園噴水広場前で13時まで。パレードは14時からとなっている。12時に家を出ればいい。早めの昼食をすませ、衣装合わせである。まずは俺から。
説明が必要かもしれない。怪物くんのドラキュラのつもりである。ただ、シルクハットがシモジマで売ってなかったので、説明しないと分かんない感じになってしまった。ちょうど声優の肝付兼太さんが亡くなったニュースが流れた頃だったので、追悼の意でコスプレ、いわば追悼コスプレである。
しかしこれが、というかヒゲがよくなかったのかもしれない。娘は俺の顔を見るなり、今まで見たことのない怖がりっぷりで奥さんの膝に抱き着いた。「やだ。おでかけ、しない!」エーッ!!今になってそんな!あと2時間でパレードだというのに!っていうか今にも泣きそうになってるんですけど!!「行けばお菓子貰えるよ。お菓子欲しいよね?」「おかし、いらない!」エーッ!!参った。まさかお菓子すら拒否するとは思わなかった。昨日の夜、お菓子が欲しいから行くっていったのに!
―――まいったな。一度合意した契約を翌日一方的に破棄されるなんて、僕にはまるで理解できないよ。二歳児の潜在能力は途方もないね。しかし僕に残された時間はもう少ないんだ。多少卑怯な手を使ってでも、君には魔女になってもらうよ―――
第四話 上野の魔女、降臨
結局もの凄い勢いで顔を洗いヒゲを落としマントを外した。ただのスーツ姿なので普段会社へ行く格好と一緒である。「ほら、大丈夫。大丈夫でしょ?」「……」「おでかけ、しよ?」「……」疑心暗鬼な娘をなんとかなだめすかせて上野公園行きのバスにのった。集合は上野公園噴水前広場。上野公園に入ると大量のドングリが落ちていて、それを見た娘のテンションもあがった。「どんぐり、いっぱい、あるヨォー!」流れがきてる!これは案外すんなりいくかも…。
しかしハロウィンパレードの受付付近でジェイソンだの死体だののコスプレしてる集団がとぐろをまいているのを目にした娘はテンションがみるみる落ち、顔から表情が消えた。ヤバイ。俺は受付の待機列に並び、その間一生懸命娘を諭した。「今日はみんな変身する日なんだよ。今日は娘ちゃんは魔女に変身するの。変身したら魔法が使えるからね。魔法使えばみんなお菓子をくれるから。娘ちゃんも頑張って変身してお菓子をもらおうね。わかった?」「…わかった」そして受付をすませ、娘にマントを着せる。「……ヤダ。きない」「ほら、みんなも着てるよ?娘ちゃんもがんばろ?」そして…とうとう着たーーーー!上野の魔女降臨である。ほらほらほら。文句なくかわいいじゃないですか!!!!!!!!!!
顔はこわばってるけど!
―――大丈夫。怖くないよ。君のお菓子がほしいという祈りは間違いなく遂げられる―――
第五話 上野の魔女、覚醒
パレードまで時間があるのでお菓子をもらいにいくことにする。上野御徒町界隈で30箇所ぐらいの店でトリックオアトリートをやってるのだ。手始めに一番近い上野パーキングセンターへ。やってるやってる。駐車場の受付に子供たちが群がっていた。さあ、上野の魔女よ、お菓子ちょうだいと言うんだ!さあ!「………」恥ずかしがって言わなかった。でもちゃんとお菓子を貰えたよ。良かったね。
これに味をしめた俺と娘は、上野の店を次々に襲撃していった。じゅらく、串揚げじゅらく、ヤマシロ屋、COFFEEリーム、上野マルイ…。娘は相変わらず知らない人相手に緊張してるようだったが、お菓子を貰えるのはやはり嬉しいらしく、店員からせしめたお菓子を次々に俺の手提げに放り込んでは「つぎはー?」と催促するのである。主役はもちろん娘だが、付き添いの俺すら楽しくなってくる。行く先々でホールドアップがキマるかのような非日常感!!泥棒映画の主人公になった気分である。これは楽しい!というか、名前は知ってても普段入ったことないような店に変な格好で入るなり「お菓子下さい」ってヤバくないですか???他の日だったら通報されるようなことを、この日に限っては公然と行えるのすげー楽しい。楽しすぎる。店員は娘の魔力にかかったようにお菓子を差し出すし、俺も娘の魔力にかかった使い魔のように娘をあちこちに肩車で連れまわした。そして娘も場数を踏むたびにだんだんこの空気になれていった。これは娘の成長の物語でもあるのだ…。
この後パレードだったが、進行がグダグダすぎて間延びしてしまった。パレードの出発は14時ということだったが、出発前に1グループずつの写真撮影があり1時間ぐらいかかるので待ち過ぎでテンションがたおちである。あれなんとかならないかな…。大人なら1時間待てるが、子供が1時間待ちに耐えるのはほんとしんどいことだと思う。で、すごい時間待った割にはパレードすぐ終わっちゃうのがなんか…。それよりもトリックオアトリートで得られる高揚感の方がよほど楽しい。御徒町の駅前広場でパレード解散した後は再びトリックオアトリートで御徒町の店をかたっぱしから襲撃していく。松坂屋、風月堂、ABABの前のクレープ屋、亀井堂、伊豆栄、あんみつみはし…。この時点で日が暮れたので引き上げることにした。回った店舗は全体の2/3くらい。それでこの収穫なのだから大満足である。
娘もいい経験をしたようだ。最初のもの凄く戸惑ってる様子を思い返せば、終盤はものすごい成長をとげ手慣れた様子でお菓子をせしめていった。でも最後まで「お菓子下さい」は言えなかったので、来年までには言えるようにしたい。手始めに回転寿司屋で物怖じせず「たまごください」を言えるようにならなければ。
というわけで、パレードはイマイチだがトリックオアトリートがとんでもなく楽しい上野ハロウィン、来年はもうちょっと早い時間から襲撃して全店舗を制圧したい。