一人飯

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はてなブログには「お題」っていうのがあって、ついこないだまで「一人飯」というお題があったのだけど、書こう書こうと思ってるうちに仕事が忙しくて締め切り過ぎてしまった。でもこれは俺の得意分野だし、せっかくなので書く。

 

 

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世の中には読んでるだけで酒が飲みたくなる小説というのがあって、椎名誠の「新宿遊牧民」は間違いなく読んでるだけでビールが飲みたくなる小説だ。今、俺の中で椎名誠がアツい。中学生の頃はよく読んでいたが、高校生になってからはめっきり読まなくなった椎名誠。しかし、30台も半ばを過ぎたこの年になって自分の中で第二次椎名誠ブームが来てる。理由は二つある。ひとつはこの年になってアウトドアにハマったこと。ふたつめは、椎名さんぐらい適当な人生でもなんとかやっていける、ということに、疲れ切ったサラリーマンであるところの自分が物凄く勇気づけられるからだ…というと椎名さんに失礼だろうか。

 

まあでも新宿遊牧民がビールを飲みたくなる小説であることは間違いなくて、俺はドトールでコーヒーを飲みながら小説を読むのが好きなのだけど、新宿遊牧民に関していえば、これはとてもじゃないがドトールで読むのは耐えられない、ビール片手に飲みたいな…となる。とはいえ、家でビール片手に読む気がしない。なぜなら家にはソファとお布団があり、酒が入るとすぐにソファでごろごろしだし、気が付くと寝落ちしてしまうからだ。俺は酒は好きだがあまり強い方ではないので、ビール片手に小説を読むならある程度の緊張感が必要だ。そこで、外で一人でビールを飲む必要がある、という話になってくる。

 

ところで一人で酒を飲みながら本を読むにはどこがうってつけなのだろうか?バーは照明が暗いし居酒屋では騒がしすぎる。俺の中での最適解はファミレスである。家の最寄りのファミレスであるところのジョナサンで一人ビールを飲みながら新宿遊牧民を読む…というのは最高の贅沢ではあるまいか。

 

さて、行くべき店は決まりました。店に入りました。店員さんに席に通されました。はい、ここでどうするか。メニューを見ずに「とりあえず生(ビール)」と言うべきか。それはたしかに洗練された注文方法であると思う。ご注文がきまりましたらお呼びください、などというセリフすら言わせない、無駄なやり取りを一切排除した手練れの注文方法。一刻も早く酒が飲みたい、そのための最善手。悪くないと思う。むしろ、のっそりとメニューを見る行為などは緩手の極みである。

 

が、俺は30半ばのこじらせおじさんであるので、そううまくは事は運ばない。「とりあえず生(ビール)文化は、バレンタインデーと同じように、ビールメーカーのマーケティングのたまものだ」という話を聞いて以来、俺は最初の一杯に意地でもビールを飲まない…という面倒くさい誓いをたててしまった。それは「バレンタインデーなんて菓子メーカーの陰謀じゃねえか!」という負け惜しみの理屈が強固なものであるように、こじらせた面倒くさい中年男性の意地であり矜持であると理解してもらっていい。メーカーの都合に簡単に乗せられるほど、俺は甘い男じゃない…となる。面倒くさいでしょう。

なので、席に通されて店員さんが「ご注文が決まりましたら…」と言いかけたところでかぶせ気味に「注文いいですか?」と言う。メニューを開く。3秒だ。3秒で決める。メニューを開いてパッと目についたのはサングリア399円。食前酒としてふさわしいではないか。とりあえず、サングリア。ご注文は以上でよろしいですか?―――ッ!ちょっと待て!メニューの隅の方に、俺はとんでもない情報を書いてあるのを発見した。梅酒(499円)か焼酎(499円)を頼んだ人には、もれなくドリンクバーがついてくる――そして、ドリンクバーの飲み物でお好きに割ってお飲みください、とあった。なるほど合理的だ。梅酒を飲む時は大抵ロックだが無料でドリンクバーがついてくるのは魅力的だ。俺はサングリアをキャンセルし、梅酒に変更した。また面倒くさい人っぷりを発揮してしまった…。店員さんごめんなさい。

 

とりあえず最速で注文することに成功したので、俺はドリンクバーでアイスコーヒーを注いだ。酒を飲みに行って一杯目にアイスコーヒーを飲むことなんてある?ないでしょ?これは結果として素晴らしい判断だったのではないだろうか…と梅酒を待ちながら思うわけである。だってこれもともと本を読みたいがためにこの店に来てるわけだから。アイスコーヒーを片手に本を読む…(ここまでは普通だ)…からの梅酒!という急展開。なんというアクロバティックかつドラマティックな展開だろうか。とりあえず生(ビール)の人には悪いが、思考停止をしていては日常にドラマは生まれない。

 

さあ、店員さんが梅酒を持ってきました、ここですかさずツマミを注文する。ジョナサンのつまみは全品250円である。エクセレント。なにを頼むかはもう決まってる。肉味噌と豆腐のオーブン焼き。この注文を通す。少々お待ちください、と言って店員は去った。この肉味噌と豆腐のオーブン焼き、予想される味の旨さもさることながら、家でつくるとなると面倒くさいことも注文を後押しする要素となった。家で簡単に作れる料理は家で酒を飲む時につくればいいのだ。せっかくファミレスに来たのなら普段家じゃ食べられない料理にしよう、となる。

 

さて、ようやくきた待望の梅酒であるが、これは梅酒の小瓶とグラスがどんとおかれただけであり、ロックで飲みたいのならドリンクバーから氷を持ってこい、ということのようだった。上等である。下町には常連が我が物顔で店の冷蔵庫から勝手にビール瓶を持ってくる…というハードボイルドな世界があるが、ここジョナサンでも客が店の機械を勝手に使って好きに飲んでくれたまえ…というハードボイルドな世界が広がっていた。俺はグラスに氷をたくさん入れ、そして梅酒を注いだ。並々注いでもボトル1/3分の梅酒が残った。つまり二杯分の梅酒である。安い。もちろんその安さは店がやるべきことの大半を客である俺が肩代わりしてるからに他ならない。そういうのが面倒くさいと感じるネンネは普通の居酒屋に行けばいいのであって、根っからのハードボイルド固ゆで野郎である俺にとっては造作もない。

 

俺は梅酒を飲みながら椎名誠の「新宿遊牧民」を読む。これはどういう小説かというと、いや小説という体をとっているのだがエッセイぽいというか、要は椎名誠の自叙伝な訳であるが、まあとにかくビール、ビール、隙あらばビール、という感じで、夜な夜な居酒屋で酒を飲む男たちが思いつきで旅に出たり思い付きでふざけたことをしながらなんか気がついてみたら社会的に成功しちゃいました、という話であり、というかまだ途中までしか読んでないから今後これがどういう結末を迎えるのかしらないけども、まあとにかくそういう話である。そしてファミレスで酒を飲みながらこれを読むことにより、なんだか俺も椎名さんと同じ居酒屋にいて椎名さんの馬鹿話をふんふん言いながら聞いてるような、そんな幸せな気分になってくる。酒は偉大だ。

 

梅酒の一杯目を飲み終えたところで、肉味噌と豆腐のオーブン焼きが届いた。上々のタイミングである。ここで次のオーダーを通してもいいが、ドリンクバーがあることにより飲み物が途切れることのない安心感があったので、じっくり腰をすえることにした。肉味噌と豆腐のオーブン焼きは、表面にかかってるチーズがうまい具合に溶けており最高であった。梅酒を飲む、肉味噌食べる、新宿遊牧民、梅酒を飲む、肉味噌食べる、新宿遊牧民…という美しいサイクルで飲み進み食べ進み読み進んだ。

 

そうこうしてるうちに梅酒と肉味噌が同時になくなった。全て計画的に事が進んでいる。次の一手を打たねばならない。注文はもう決まっている。生ビール(499円)と、鶏のから揚げ(250円)である。そう、もともと生ビールが飲みたかったのだ。生ビールが飲みたくてファミレスに来たのになぜこんな面倒くさい経路をたどるのか…ということは既報の通りなのでここでは触れないが、ただ一つ言えるのは、面倒くさい縛りがあった方が往々にして人生が豊かになる、ということだ。

 

さて、新規オーダーを通し、空いた皿と梅酒のグラスが片づけられ、目の前のテーブルには最初に持ってきてもらったお冷と、そしてドリンクバーのグラスが残っていた。ドリンクバーのグラスには、溶けて残った半分ほどの氷がある。ここでアイスコーヒーのお代わりとなる。が、ここで待ってほしい。よく考えて欲しい。この場合、一番エレガントなアイスコーヒーのお代わりはどのようにすればいいだろうか。

 

結論から言えば、半分の氷にあわせてアイスコーヒーをグラスに半分注ぐ、である。これだと無駄がない。二杯目のコーヒーを飲み切った頃には氷も全てなくなっている算段である。歴史が好きな人は良く知っている有名なエピソードであるが、戦国時代、関東で一大勢力を築いた北条氏の四代目、北条氏政の汁かけ飯の話である。氏政がごはんに汁をかけ食べていたら汁が足りなくなったのでもう一度汁をかけた。それを見た父である三代目の氏康が嘆く。ああ、ご飯をみただけで必要な汁すら計れないようでは、戦国の世を生き抜ける器量ではない、北条の世もこれまでか…、と。汁かけを二度しただけでここまで言われるのはひどいと思うかもしれないが、ご存知のように結果として北条氏政小田原征伐により降伏し切腹しているのだからこれは氏康の慧眼というしかなく、だからここで俺が言いたいのは、二杯目のアイスコーヒーをお代わりするのに氷を足すような奴は戦国の世を生き抜けない…ということだ。

 

無論ここは戦国の世じゃない現代なので二杯目のアイスコーヒーに氷を足しても生きていける。しかし半分の氷に合わせて半分のアイスコーヒーを注ぎ氷を残すことなく使い切る、というのは極めて合理的かつエレガントな解法である、ということに疑問を挟む余地はない。世が世なら俺も北条の四代目として関東に覇を唱えていたかもしれない…などとアイスコーヒー一杯でここまで妄想が進むのである。酒は偉大だ。

 

話をもどすと、生ビールはテーブルにすぐ来た。アイスコーヒーを飲みほしたまさにベストタイミングで。ようやく待望の生ビールである。グラスはキンキンに冷え、泡も良い感じにクリーミーであった。一口飲む。美味い。二口飲む。美味い。やばいこれ永遠に飲んでられる…。新宿遊牧民にちょうど書いてあったのだが、当時は生ビールが無く、そして生ビールが誕生したての頃は、店によってサーバーの管理がずさんだったりしたので、生ビールの味もまちまちであった…とのことである。今はどこに行っても美味い生ビールが飲めるので、これは現代ってやっぱ最高だな、戦国時代の関東の覇権なんていらんわ、だって生ビール飲めないし、となる。

 

から揚げが来たのは生ビールを半分ほど飲みほしたところであった。ついに来た…という感じである。なにが来たかと言えばからあげが来たのではない。戦争が来たのである。皿にのってるのは、から揚げ4つ、フライドポテト4つ、そしてレモンである。ほら、ほらほらほら。これはもうね、面倒くさい人がね、主張しますよ。食べ方について。レモンについて。レモンの処遇について。君たちの言いたいことはだいたい分かってる。でもね、これは一人飯なんだから、俺が食べたいように食べます。いいですか。これは一つのエレガントな解法として最後まで聞いてください。いきますよ。

 

まずジョナサンのテーブルに置いてある調味料を確認する。ケチャップ、塩、タバスコ、パルメザンチーズ、醤油。それにレモン。ここから最適なから揚げの食べ方を模索する。本当は俺は胡椒をかけてから揚げを食べたかった。しかし胡椒はないので、とは言えここで店員さんに胡椒を頼むような野暮は絶対にしたくないので、現有勢力だけでたどり着ける最高にエレガントな解法を模索すると、必然的にタバスコとなる。タバスコは唐辛子と酢だ。ドレッシングの構成要素を思い出して欲しい。油と、塩分と、胡椒(辛味)と、酢(酸味)…。つまり、もともとから揚げにかかってる塩および油、そこに辛味と酸味を加えれば必然的に調和することは理論上明らかである。俺はから揚げにタバスコをかけて食べるのは初めてであるが、食べる前から美味いことは当初から約束されていたのである。

 

レモンを残すつもりか、という向きもあるだろう。話は最後まで聞いて欲しい。レモンは、一番最初にもらったお冷にかけてレモン水にするのである。なんという無駄のない、調和のとれた世界であろうか…。自分で言うのもなんだが、これぞ北条四代目にふさわしい采配であると言えまいか。このレモン水を最後に飲みほしてお会計、が一番エレガントな解法である。とはいえ、まだこのまま終わらせる気はない。なぜなら、生ビールのお代わりは100円引き(399円)になるからだ。これはもう二杯飲めということだから、空気の読めてしまう俺は二杯行ってしまうのである。

 

ここで艦これで培った俺の完璧な資源コントロールをみてほしい。から揚げ4個、フライドポテト4個の現有戦力を二分する采配をとるが、今手元にあるのはジョッキ半分の生ビールであるので、これにあたらせるから揚げは1個、フライドポテトは1個とし、残りの3個ずつをもって生ビールおかわりに当たらせる…というのが完璧な資源配分というものである。

 

古参アピールで恐縮だが、俺は呉鎮守府の提督勢である。ちなみにプレイして半年目ぐらいに強硬策を取らせた霧島が被弾し沈没してしまったので、それがトラウマになり以降全く艦これをやってない。クソ采配じゃねーか、どこが北条四代目だ、という批判は甘受する、しかしどんな名将でも無敗はあり得ない訳で、俺の、あえて俺の、と言わせていただくが、俺の霧島が死んでしまった教訓は、いま、ここで、このジョナサンにおいて、いかんなく発揮されているのである…。

 

生ビールの二杯目が来た。そしてから揚げの3個目と4個目にはパルメザンチーズをかけて食べた。新宿遊牧民は100ページほど読み進めた。俺はレモン水を飲みほした。すべてが調和をたもち、物事は極めてエレガントに終了した。

 

「 I'm a perfect human . 」

 

サングラスをかけたあっちゃんが首をかくっと横に倒す姿が俺の脳裏に浮かんだ。会計は税込み2049円だった。