御前崎に眠るアルジャーノンと猫とギルドの女主人の不思議な地図

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俺はドラクエやFFで育った世代で、って言ってもドラクエは2~5、FFは4~6しかやったことがないのだけど、要するにそういったゲームによって俺の冒険観というものが鍛え上げられているので、旅行とは冒険であり、旅行に行くために旅行ガイドを見るという行為はRPGをプレイするのに攻略本を見る行為に他ならず、冒険にネタバレなんていらねえんだ…という強い意志で、むしろ積極的に事前情報をシャットアウトするようになってしまった。何を言ってるんだこいつは、と思われるかもしれないが、アラフォーおっさんがこじらせたら大変なんだな、ぐらいに理解していただけるとよいと思う。

 

無論というか言うまでもなく人生は短いし、旅行に割ける時間も限られているので、事前に旅先の情報を調べ上げて効率的に回った方がよいのに決まっている。分かっている。分かっているけど、人生にはときとして非効率的な方が楽しいというような場合があり、例をあげるなら同じカップラーメンでもポットの湯で作るカップラーメンとキャンプで焚火をおこしてつくるカップラーメンとでは感動の度合いというものが違うのでそれが味覚にも決定的な影響を及ぼすのだ…とご理解いただきたい。

 

御前崎に行こうと思ったのは、地図を見てなんとなくであり、御前崎という岬のような地形は、ドラクエだと絶対にこのへんに超重要なアイテムがもらえるほこらがあるに違いない、という雰囲気に満ち溢れている。俺は風景写真を撮るのが好きで、写真を撮りに行くときはたいてい地図上の面白い地形の場所を探してそこに行く。考えてみれば御前崎というのもなかなか奮った名前で、御前といえば晩年を駿府で過ごした駿河大納言こと徳川家康となにか深いかかわりがあるのでは、と思っていたが、この記事を書くにあたって「御前崎 由来」でぐぐってみたらぜんぜん見当違いであった。そういうこともある。

 

俺がギルドの女主人と出会ったのはまったくの偶然である。レンタカーで御前崎へ到達し、さらに坂を登って灯台を目指すと道はどんどん細くなっていき、やがて先行車両が止まって渋滞になった。その先の状況は目視できないので分からないが、おそらく灯台の駐車場が満車になり待機列が形成されたのだと推測された。人生は有限であり俺の休暇も有限なのでこんなところで時間を潰すのはもったいない。俺は待機列の近くの宿に「駐車場 1台300円 フロントに声をかけてください」と書いてあるのを発見したので、そこに車を停めることにした。ギルドの女主人はそのフロントに居た。

 

「駐車料金は300円。灯台を見終わったら宿のカフェに寄ってね。そこで飲み物を頼んだら300円はサービスするから」と女主人は言った。罠だ、と俺は直感的に思った。疑うことを知らない新参冒険者をハメこむぼったくりの罠に違いない…。

 

しかし海辺での散策を終え戻ってみると奥さんと娘は各々の飲み物とマフィン、ならびに俺の分のアイスコーヒーまで頼んでおりすっかりカフェでくつろいでいた。仕方がない。俺もアイスコーヒーを飲む。店で何か買い物すれば情報をくれるタイプの村人かもしれない。もちろん御前崎は村ではなく市であり、ギルドの女主人も村人ではなく市民なのだけど、俺が愛したRPGには市民という概念はそぐわないので村人ということでやらせていただきたい。アイスコーヒーはとても美味しかった。とても美味しいですね、と声をかけると、豆が特別なの、と女主人は言った。我々は世間話をした。

 

「この御前崎にはね、ねずみ塚があるの」「ねずみ塚?」「人の背丈ほどもある化けねずみ。それを退治したというのでそのねずみを祀ってあるの」「へえ、悪いねずみだったんですか」「そのねずみは旅人の姿に化け、泊めてくれた寺の住職を夜になって食べてしまおうとしてたの。そしたらね、寺の住職が拾った猫が化けねずみの正体に気づいてね、住職が朝起きたら部屋が一面血だらけで、傍らには化けねずみと猫の亡骸があったんだって。それを見てすべてを悟った住職により、ねずみも猫も手厚く葬られたの」

 

それを聞いてすぐ思い出したのが、ロマンシングサガ3のネズミの穴である。住職によってネズミ穴に閉じ込められた不憫な猫の姿を俺は想像した。

 

「…猫は祀らなかったんですか」「ネコ塚っていうのもあるの。でもねずみ塚より小さいし、畑の中にぽつんとあるから見つけにくいかも。お客さん、行く?」乗りかかった舟だ。「行きます」

 

ロマサガ3のネズミの穴は初見殺しで有名である。ギドランドという小さな村で、村長が化け物の被害にあって困ってる、何とかしてほしい、と主人公に頼むので、なんとかしましょう、と答えると、洞窟に放り込まれて入り口を村長に塞がれてしまう。最初から退治する気などなく、ただの生贄にされたのである。そして洞窟の奥底にいる化けネズミ、アルジャーノンはめちゃめちゃな強さをほこり、初見組プレイヤーはたいてい全滅する。俺も全滅した。

 

 俺はギルドの女主人からその話を聞いた時にひどく猫に感情移入してしまい、これもなにかの縁なので、初見殺しアルジャーノンに殺られた全てのロマサガ3プレーヤーの代表としてネコ塚をお参りしなければならない、と強く思った。もちろんアルジャーノンはアルジャーノンでそこに至るまでの悲しい物語があるのである。アルジャーノンもまた犠牲者なのだ。ねずみ塚もお参りせねばなるまい。

 

「ねずみ塚、ネコ塚があるのなら、舞台となったお寺もまだありますか」「寺はね、もうないの」

 

やはり…。俺のなかで「住職=ギドランドの村長説」が濃厚になってくる。歴史とは生き残った勝者がつくるものなので、唯一生き残った住職の話など当てにならないではないか。ネズミ穴に猫をほうりこんで二虎共食の計を狙った住職が感動的なストーリーをでっちあげたのではないか。いまその寺が残ってないのは仏罰ではないか。たぶん。知らんけど。

 

「地図を書いてあげるね」とギルドの女主人は言った。親切な人である。そしてこの地図をたよりにねずみ塚とネコ塚を探す旅に出たのだが、しかしこの地図というのが大変な地図だった。ねずみ塚はあっさり見つかった。しかしそこからネコ塚に行くには公民館の角を左に曲がらなければならないのだが、その公民館がまったく見つからない。

 

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「ねえ、あれたちばなじゃない?」地図上では区民館の先にあるはずのたちばなを発見してしまう。この地図は確かなのか…。区民館を見落とすはずはない。なぜならこの地図上で区民館があるべき場所は、だだっ広い畑なのだから。急に不安になる。「この地図おかしいよ!十字路で右に曲がるってなってるけど、十字じゃなくてT字じゃないか!」「書くときに勢い余ってT字の棒が上に突き抜けちゃったんだよたぶん」「Tを書こうとして十になるなんてことある?こんな地図、ぜんぜん信用できない…」

 

信じられないかもしれないが、我々は御前崎で遭難した。ネコ塚を探索しに行ったのだが、不思議な地図のせいで完全に位置を見失った。俺は住職がギドランドの村長である可能性を疑っていたが、大きな思い違いをしていたのかもしれない。ひょっとして、あの女主人がギドランドの村長だったのではないだろうか。あの女主人の話は大噓で、本当は化け猫を退治したネズミの話で、俺たちは化け猫の生贄としてダンジョンに放り込まれたのではないか……

 

そんな窮地を救ったのは奥さんであった。「ネコ塚、あっちだよ」何かに気づいたようだ。「なぜそれが分かる?」「ネコ塚、ポケストップになってる」「!!!」そうなのだ、なぜそんな単純なことに気づかなかったのだろう、俺たちは高性能のドラゴンレーダーに勝るとも劣らない遺跡レーダーを、このスマホにインストールしてあったのではないか!

 

結論から言うと、ギルドの女主人の不思議な地図は完全に不要だった。我々はポケモンGOの指し示す通りに道を歩き、無事にネコ塚を発見し、供養をした。

 

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「猫、二匹いたんだね」「本当だ」

 

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取るに足らない話かもしれないが、しかし自分の足でたどり着いた真実なので、特別な感慨があった。ねずみ塚にもこの伝承のことは書いてあったが、猫が二匹いたことには触れられてなかった。猫、二匹いたんだ。そうか。化けねずみ相手に、よく頑張ったな。えらいよ。俺は相討ちどころか6人がかりで全滅だったし、人生においてはセーブポイントからやり直すということは出来ないのだから…。

 

「そういえば化けねずみと化け猫の話、どこかで読んだ気がする。たぶん京極夏彦だ」と奥さんが言った。ふうん、と俺は言った。せっかくなので読んでみたい気もするが、京極沼はタクティクスオウガの死者の宮殿よりも深く困難だ。我々の探索は以上で打ち切りとなった。