失われた幻のカクテル・香港スニッカーズニー、60年目の日本最速レビュー

みなさん香港スニッカーズニーというお酒を知ってますか。カクテルの名前です。ご存知ないですか。そうですか。

 

香港スニッカーズニーとは映画『80日間世界一周』に登場するお酒のことで、フィックス刑事がパスパルトゥと乾杯するために香港の酒場で注文したものです。

 

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俺はカクテルが大好きで、ずいぶんとバー巡りをしたものですが、香港スニッカーズニーとは初めて聞くお酒の名前でした。どんな酒なんだろう。レシピが知りたい。

 

で、ググりました。びっくりしました。2017年8月17日現在、香港スニッカーズニーについて言及した日本語サイトはどこにもないのです!!

 

え?俺、名前間違えたっけ?録画を巻き戻して確認しました。香港スニッカーズニー。間違いありません。字幕に思いっきり書いてあります。ところが、世界広しといえど香港スニッカーズニーに関する情報が一つもありませんでした。ええ、マジかよ…。

 

分からないとなると調べたくなるのが人間です。念のために英語でもしらべました。「 HongKong snickers knee」…結果は同じことです。マジか。世界広しといえど香港スニッカーズニーに関する情報がどこにもないだなんて、そんなことあるの…。

 

俺は仮説を立てました。

 

香港スニッカーズニー、名前からしてシンガポールスリングを想像します。これはシンガポールスリングと同様に、植民地時代の香港のコロニアルホテル、植民地の支配者階級が泊まるようなホテルのバーテンダーが考案したご当地カクテルなんじゃないかと。そして、シンガポールスリングは美味しいから現代まで受け継がれた。香港スニッカーズニーは美味しくないから廃れ、現代ではそのレシピは失われてしまった…

 

わくわくしませんか?失われた香港スニッカーズニーのレシピ、俺が再現してやろうという気になりました。

 

映画からでも少なくない手がかりがあります。まず、注文するときにフィックスは「あまり強くない酒を」と言ってます。パスパルトゥが特に異論を挟む様子でないところから考えると、実際あまり強くないのでしょう。

 

第一の特徴:アルコール度数がそれほど高くない

 

そして物語はこの後どうなるのかというと、香港スニッカーズニーに混入された睡眠薬?のような、明らかに酒以外のなにかによって急にパスパルトゥが意識を失う、という描写があります。で、ふだん飲み慣れている酒になにか異物が入っていたら違和感を感じてもおかしくないのですが、特にそのような描写はありません。以上のことを考えると、おそらく香港スニッカーズニーにはパスパルトゥがふだん飲まないような飲み物が入ってるんじゃないかと。香港というご当地性から推察すると、これは紹興酒中国茶のどちらかではないか、と。

 

第二の特徴:紹興酒および中国茶のような、香港にちなんだ材料が含まれている

 

ちなみに香港フィズというカクテルは存在します。紹興酒ジンジャエールを1:2で注ぐビルドタイプのカクテルです。香港フィズ、ひょっとして香港スニッカーズニーの亜種だったのではないでしょうか?生まれたのは香港スニッカーズニーの方が先で、でも本家香港スニッカーズニーはあまり美味しくないので廃れてしまい、逆にアレンジ版の香港フィズの方が美味しくて現代まで語り継がれた、と考えるとしっくりくるのではないでしょうか?

 

第三の特徴:微妙にマズい

 

おお、なんかそれっぽい予想になってきた。

 

…ここまで来た時に、友人から「香港スニッカーズニーはシンガポールスリングのパロディなのでは?説」があることを教えてもらいました。

https://www.quora.com/Cocktails-Is-there-a-recipe-for-a-Hong-Kong-Snickersnee

 

!!! ていうか、痛恨のスペルミス!”snickers knee”じゃなくて”snickersnee”!! ぐぐったらスニッカーズニーとはナイフの一種でした。シンガポールスリングのスリングもパチンコのような武器なので、このパロディ説、信憑性ある…!! なんか俺、卒論でデレクハートフィールドのことについて図書館でめっちゃ調べてる人みたいなことになってませんか。

 

ここにきて捜査は振り出しに戻ってしまいました。どっちが正しいのだ…。そもそも80日間世界一周ジュール・ヴェルヌの原作を元に映画をつくってるので、原作版を読めばなにかヒントがあるのかもしれない…困ったときは原典をあたろう…。

 

で、図書館に行って借りてきました。なんと、原作では香港スニッカーズニーなんて言葉はどこにもない!フィックスとパスパルトゥが香港の酒場で飲んでるのはただのポートワインなんです!

 

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なんだこれ、なんで原作で飲んでるポートワインをわざわざ香港スニッカーズニーなんてカクテルに置き換えたんだろう…

 

で、原作の該当箇所を読んだら、どうやらここは阿片の吸煙所なんですね。映画だと酒になにかを盛られたような描写でパスパルトゥがぶっ倒れますけど、原作では阿片の吸い過ぎでぶっ倒れます。これは映画化できない、となったのでしょう。ならば、酒になにかを盛って気を失うような描写にしよう、となったのかもしれません。だとすると、こういう解釈はどうでしょうか?

 

あの酒場はフィックスのシマであり、香港スニッカーズニーとは「睡眠薬入りの酒をくれ」の符丁である、と…

 

というわけで1956年の映画「80日間世界一周」に登場する酒、香港スニッカーズニーについての考察をおとどけしました。これが日本語webサイトでの初めての言及になることもあわせてお伝えいたします。や、当時のキネマ旬報とか漁れば香港スニッカーズニーについて言及してる記事とかあるのかもしれないけれど、そこまでの気力ないので…興味がある方は調べてみるのもいいかもしれません。

 

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通常ならここでお終いになりますが、この話には後日譚があります。

 

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たまたま香港スニッカーズニーのことばかり考えていた時期に目にした記事。シンガポールと日本の外交50周年を記念したサクラスリング。ラッフルズ公式。なんなんだろう、胸騒ぎがする…。八十日間世界一周では、香港スニッカーズニーを飲んでぶっ倒れたパスパルトゥが目を覚ますのは横浜行きの船室です。香港、シンガポール、日本…。なにか手掛かりがあるのかもしれない。いや、手掛かりなんてないのだ。もうそれは分かり切っている。しかし、俺はこのサクラスリングを飲まなければならない、と直感的に思った。パン屋再襲撃の人たちがパン屋を再襲撃したように。

 

 

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思い立ったのが21時過ぎだったので、小川町の松記鶏飯についたときはラストオーダーの時間だった。食事をしにきたわけではない、サクラスリングだけのためにここに来たのだ、と伝えた。

 

まるで本当に真夏の夜のシンガポールにいるみたいな雰囲気だった。酒とは、究極的には文脈なのである。この一杯は俺にとってただの酒ではなく、ここに至るまで様々な物語があった末の一杯なのである。それは、とてもとても美味しかった。

 

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レシピは獺祭、唐辛子ハイビスカスシロップ、花のリキュール?カルヴァドスシャルトリューズでグラス洗ってシェイク、分量は未公開、とのこと。

 

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せっかくなので”おいしいシンガポールスリング”も注文してしまった。おいしかった。

 

以上です。